[PR] オーガニック 日常のありふれたチャイムたち

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中3の勉強とは

なかなか中3の意識が上がってこない。

何度か書いていることではあるが、中3の勉強は決して楽なモノではない。

高校さえ行ければどこでもいいや、というのであれば楽なモノかもしれないが・・・。

 

受験とは「全てが試験範囲」という試験である。

定期テストのように範囲が決まっているものではない。

定期テストであれば、試験範囲だけ集中的にやればそれなりの点数は取れるかもしれないが、残念ながら入試はそうはいかない。

全てが試験範囲であれば当然1・2年単元も試験範囲である。

それは「いつ」するのか。

そのことがまだわかっていない子が多数。

また中3のことを来年に先延ばしにするわけにもいかない。

つまり中3の勉強とは『今やっていることを今出来るようになる』ことであり、同時進行で『前学年までのことを出来るようになる』という両輪でなければならない。

だから時間が足りないのだ。

1・2年までの勉強で受験に通用するのであれば楽なもんだ。

 

この調子でいくと時間が足りなくなるのは明白である。

今日やったことはその日のうちに復習し、前学年の復習にも時間を割いていく。

そういうルーチンワークが必要になってくる。

『普段』が大事になるのだ。

まだまだ意識改革と普段の習慣づけが足りない。

 

 

| - | 00:47 | comments(0) | - |
小6の詩から見えてきたもの

昨日から通常講座が始まった。

春期講習はだいたい思い描いていた通りのことができ、特に新中1は予想以上の形で締めくくることが出来た。

夏期や冬期と違って時間的に余裕があるので、私のパフォーマンスも落ちることなく行うことが出来た。

 

さて小学生のほうだが、今年度から小6のみ集団授業の形を加味していくことにした。

そして今の子たちの国語のレベルを改めて感じることが出来た。

今回やったのは黒田三郎の『支度』という詩。

 

何の匂いでしょう

これは
これは春の匂い
真新しい着地(きじ)の匂い

真新しい革の匂い
新しいものの

新しい匂い

匂いのなかに
希望も

夢も

幸福も
うっとりと

浮かんでいるようです

ごったがえす

人いきれのなかで
だけど ちょっぴり

気がかりです
心の支度は どうでしょうか
もう できましたか

 

 

その精読をやってみると、なるほどと思うことが何点もあった。

まず「連」という数え方もすっかり忘れている。

倒置法なんかは当然知らない。

まぁ、これらは想定内のこと。

そもそも子供たちは国語の勉強といったら漢字くらいしかしないので、こういう言葉を覚えているとは全く思っていない。

次に全体を読んで「どういう人のために書いたと思う?」と聞いてみると、まぁ出るわ出るわ。

唯一まともだったのは「希望や夢や幸福を持っている人」という答え。

詩の中の言葉を引用しただけに過ぎないが、まともな方。

ただ抽象的すぎる。

その後、「卒業式の時に読まれたりするよ」と言うと、ハッとした顔をする子が数名。

そこでようやく詩の全体像を把握したようだ。

そこからはだいぶんスムーズに進んだ。

 

子供たちは実は読んでいるようで読んでいないのだ。

単に言葉を見ているだけで、「読む」ということができていないことが多い。

こんな短い詩でも全体像は全く見えていなかった。

「卒業式」という一つのフレーズがなければ、「着地」や「革」が何かも見えていなかっただろう。

やはり、まだ子供たちの言葉には意味が伴っていない。

もちろんそこに隠された意味など当然だが捕らえられていないのが現状である。

私見だが、こういうことの積み重ねが昨今の『国語力の低下』と呼ばれる原因になっているのではないか。

| - | 23:59 | comments(0) | - |
ブルボン

1990年代の初頭、日本は競馬が盛り上がっていた。

そのブームの立役者は間違いなくオグリキャップであっただろう。

一つ上の世代に同じ芦毛のタマモクロスがいて、芦毛伝説と人々はもてはやした。

偶然にもその後もメジロマックイーン、ビワハヤヒデと芦毛の世代最強馬が続き、芦毛伝説は継承されていったことも競馬人気に拍車をかけたのかもしれない。

思い出に残っている競走馬をあげればそれこそきりがない。

当時から馬券はほとんど買わないが、競馬は今でも大好きである。

 

そして最近ミホノブルボンの訃報を新聞で目にした。

1992年のダービー馬、というより無敗の2冠馬。

一つ上のトウカイテイオーとは違う、魅力に溢れた栗毛の綺麗な馬だった。

「鍛えて最強馬を作る」という故戸山調教師の信念、執念によって出来上がった馬であろう。

『サイボーグ』『栗毛の超特急』『坂路の申し子』というあだ名がつけられ、その筋骨隆々たる身体を初めて生で見たときはビックリした。

わずか700万程度の安馬であり、時代は違うがサトノダイヤモンドの2億3000万とはまさしく桁が違う。

しかも短距離血統であり、走るたびに距離不安が囁かれた馬であった。

しかし、戸山調教師とミホノブルボンは鍛えることで、金額と距離不安を吹き飛ばし続けた。

ほとんどの競馬ファンはそのことを知っており、それがブルボンの人気につながっていたとも思う。

 

生きる世界は全く違うが、私自身も鍛えて最強の生徒たちを作り上げていきたい。

鍛えたら強くなるという信念を持ってやっているつもりだ。

もちろん私よりも厳しい人がいることは重々承知しているが・・・。

ミホノブルボンがブラッドスポーツと呼ばれる競馬の世界で血統の壁を跳ね返し続けたのは、間違いなくハードトレ−ニングがあったからだ。

私の塾もそうでありたいと痛切に思う。

そして生徒たちだけでなく、自分自身にもハードトレーニングを課していく。

それが必死についてきてくれる生徒たちへのせめてもの礼儀である。

| 雑記 | 23:24 | comments(0) | - |
さて、春期講習

金曜日で年度の授業もすべて終わり、土曜日から春期講習を迎える。

いや講習と呼べるほどのものでもないかもしれないが・・・。

何をやるにせよ目的を持って事に臨まなければならない。

春期にせよ夏期にせよ、もちろん普段の通常授業においても、だ。

 

どこの塾も新年度の生徒獲得に躍起になり、周囲が慌ただしさを増す。

講習料無料や入塾金無料と謳った広告が飛び交い、学校の校門前も連日大盛況のようだ。

多数の塾は新年度の「新規生徒獲得」という確固たる目的があって大きな動きを見せる。

この塾のように小さな定員制の塾とは自ずと方向性は変わってくる。

 

新中1を最も重要視するのは当然だが、私の場合「慣れること」に最も重きを置く。

ハッキリ言うとスタートダッシュなんか考えてもいない。

「授業に慣れること」が最も大事なのだ。

この塾では小学生と中学生ではやり方が異なり、個別形式から一斉形式へと変化する。

そこで重要なのが「聞く姿勢」である。

実は「授業を聞ける」生徒は少ない。

15分もすれば手遊びが始まったりするのが現実で、特に男の子に多い。

もちろん授業では生徒たちの集中の度合いによってわざと脱線させたりもするが、それだけではどうにも足りない。

聞くときは聞く、書くときは書く、解くときは解く、といったメリハリがまだまだないのだ。

それを少しずつ訓練していく場である。

 

次に「ノートの取り方」も決しておざなりにはできない。

そもそもノートとは『後から見直すため』にとるものであって、その場しのぎであってはならない。

当然見やすいものでなければならないし、単教科で1冊という形にしておかなければならない。

よく見かけるのが、数学のノートの後ろに社会など別教科のノートが書いてある。

この状況は100%『後から見直す』ことはない。

だから私はルーズリーフを勧めている。

常に教科ごとに分けて、『後で見直す』ことができるような状況はこちら側である程度指導しなければならないだろう。

もちろん授業中のノートの取り方も指導していき、知識をことよりも先に知識を得るための手段を重要視している。

 

他にも多々あるが、まずはこの2点がしっかりとできれば、スタートダッシュに失敗したとしても1ヶ月もあれば充分追いつける。

重要なのは中学生になるためのモノであって、小学7年生になってしまうようなスタートダッシュではない。

 

| 講師としての自分 | 00:50 | comments(0) | - |
入試結果

ようやくパソコンがなおって、こうしてブログが更新できる。

色々なものをパソコンでやっているので、故障するとこんなに不便なのかと改めて実感した。

なんだかんだ言っても、文明の利器に依存している部分は大きいのだなと自己を省みるにはいい機会であった。

 

 

さて、昨日福岡県の公立高校の合格発表があった。

この塾が始まって16回目のことになるが、何度やっても慣れるものではなく、毎年気が重い。

生徒たちはどんな顔で来るのだろうかと変な想像ばかりしてしまう。

 

しかし、遂に今年は国公立高校の全員合格を達成した。

16年目で初めてのことだ。

こんなに嬉しいことはない。

考えてみれば、決して成績がよいとは言えなかった学年だった。

ついに県立トップ校への連続合格も途切れてしまった。

しかし、生徒たちが自分が選んだ高校へ、自分たちの力で進路を掴み取ったことは意義があることであろう。

成績が悪いと書いたが、彼らの名誉のために付け加えておくと、久留米高校以上の高校へ半数が合格しているし、定期テスト等も学校平均より塾平均の方が100点以上高かった。

私が求めているものが多すぎるだけなのである。

 

ようやく達成できた「全員公立合格」。

5年間で公立93%の合格率は決して悪くないと思うが、1人でも不合格の子がいるとその子のことばかりを考える。

たとえ1人でもそうなってしまうのがこの商売の性である。

志望していなかった高校へ通わなければならない責任の重さや力のなさを痛感しなかった年はない。

そしてようやく「お役に立てた」と思える日がやってきた。

高校受験という人生のハードルにみんな真摯に向き合ったと思う。

だからこそ価値は大きい。

誰もハードルを下げずに志望校に合格したのだから。

 

 

さぁ、私は51週間後の受験に向かおう。

| 試験結果 | 23:16 | comments(0) | - |
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