[PR] オーガニック ブルボン | 日常のありふれたチャイムたち

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ブルボン

1990年代の初頭、日本は競馬が盛り上がっていた。

そのブームの立役者は間違いなくオグリキャップであっただろう。

一つ上の世代に同じ芦毛のタマモクロスがいて、芦毛伝説と人々はもてはやした。

偶然にもその後もメジロマックイーン、ビワハヤヒデと芦毛の世代最強馬が続き、芦毛伝説は継承されていったことも競馬人気に拍車をかけたのかもしれない。

思い出に残っている競走馬をあげればそれこそきりがない。

当時から馬券はほとんど買わないが、競馬は今でも大好きである。

 

そして最近ミホノブルボンの訃報を新聞で目にした。

1992年のダービー馬、というより無敗の2冠馬。

一つ上のトウカイテイオーとは違う、魅力に溢れた栗毛の綺麗な馬だった。

「鍛えて最強馬を作る」という故戸山調教師の信念、執念によって出来上がった馬であろう。

『サイボーグ』『栗毛の超特急』『坂路の申し子』というあだ名がつけられ、その筋骨隆々たる身体を初めて生で見たときはビックリした。

わずか700万程度の安馬であり、時代は違うがサトノダイヤモンドの2億3000万とはまさしく桁が違う。

しかも短距離血統であり、走るたびに距離不安が囁かれた馬であった。

しかし、戸山調教師とミホノブルボンは鍛えることで、金額と距離不安を吹き飛ばし続けた。

ほとんどの競馬ファンはそのことを知っており、それがブルボンの人気につながっていたとも思う。

 

生きる世界は全く違うが、私自身も鍛えて最強の生徒たちを作り上げていきたい。

鍛えたら強くなるという信念を持ってやっているつもりだ。

もちろん私よりも厳しい人がいることは重々承知しているが・・・。

ミホノブルボンがブラッドスポーツと呼ばれる競馬の世界で血統の壁を跳ね返し続けたのは、間違いなくハードトレ−ニングがあったからだ。

私の塾もそうでありたいと痛切に思う。

そして生徒たちだけでなく、自分自身にもハードトレーニングを課していく。

それが必死についてきてくれる生徒たちへのせめてもの礼儀である。

| 雑記 | 23:24 | comments(0) | - |
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