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    小6の詩から見えてきたもの

    2017.04.07 Friday 23:59
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      昨日から通常講座が始まった。

      春期講習はだいたい思い描いていた通りのことができ、特に新中1は予想以上の形で締めくくることが出来た。

      夏期や冬期と違って時間的に余裕があるので、私のパフォーマンスも落ちることなく行うことが出来た。

       

      さて小学生のほうだが、今年度から小6のみ集団授業の形を加味していくことにした。

      そして今の子たちの国語のレベルを改めて感じることが出来た。

      今回やったのは黒田三郎の『支度』という詩。

       

      何の匂いでしょう

      これは
      これは春の匂い
      真新しい着地(きじ)の匂い

      真新しい革の匂い
      新しいものの

      新しい匂い

      匂いのなかに
      希望も

      夢も

      幸福も
      うっとりと

      浮かんでいるようです

      ごったがえす

      人いきれのなかで
      だけど ちょっぴり

      気がかりです
      心の支度は どうでしょうか
      もう できましたか

       

       

      その精読をやってみると、なるほどと思うことが何点もあった。

      まず「連」という数え方もすっかり忘れている。

      倒置法なんかは当然知らない。

      まぁ、これらは想定内のこと。

      そもそも子供たちは国語の勉強といったら漢字くらいしかしないので、こういう言葉を覚えているとは全く思っていない。

      次に全体を読んで「どういう人のために書いたと思う?」と聞いてみると、まぁ出るわ出るわ。

      唯一まともだったのは「希望や夢や幸福を持っている人」という答え。

      詩の中の言葉を引用しただけに過ぎないが、まともな方。

      ただ抽象的すぎる。

      その後、「卒業式の時に読まれたりするよ」と言うと、ハッとした顔をする子が数名。

      そこでようやく詩の全体像を把握したようだ。

      そこからはだいぶんスムーズに進んだ。

       

      子供たちは実は読んでいるようで読んでいないのだ。

      単に言葉を見ているだけで、「読む」ということができていないことが多い。

      こんな短い詩でも全体像は全く見えていなかった。

      「卒業式」という一つのフレーズがなければ、「着地」や「革」が何かも見えていなかっただろう。

      やはり、まだ子供たちの言葉には意味が伴っていない。

      もちろんそこに隠された意味など当然だが捕らえられていないのが現状である。

      私見だが、こういうことの積み重ねが昨今の『国語力の低下』と呼ばれる原因になっているのではないか。

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