[PR] オーガニック 日常のありふれたチャイムたち

CALENDAR
S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
CATEGORIES
SPONSORED LINKS
ARCHIVES
ブルボン

1990年代の初頭、日本は競馬が盛り上がっていた。

そのブームの立役者は間違いなくオグリキャップであっただろう。

一つ上の世代に同じ芦毛のタマモクロスがいて、芦毛伝説と人々はもてはやした。

偶然にもその後もメジロマックイーン、ビワハヤヒデと芦毛の世代最強馬が続き、芦毛伝説は継承されていったことも競馬人気に拍車をかけたのかもしれない。

思い出に残っている競走馬をあげればそれこそきりがない。

当時から馬券はほとんど買わないが、競馬は今でも大好きである。

 

そして最近ミホノブルボンの訃報を新聞で目にした。

1992年のダービー馬、というより無敗の2冠馬。

一つ上のトウカイテイオーとは違う、魅力に溢れた栗毛の綺麗な馬だった。

「鍛えて最強馬を作る」という故戸山調教師の信念、執念によって出来上がった馬であろう。

『サイボーグ』『栗毛の超特急』『坂路の申し子』というあだ名がつけられ、その筋骨隆々たる身体を初めて生で見たときはビックリした。

わずか700万程度の安馬であり、時代は違うがサトノダイヤモンドの2億3000万とはまさしく桁が違う。

しかも短距離血統であり、走るたびに距離不安が囁かれた馬であった。

しかし、戸山調教師とミホノブルボンは鍛えることで、金額と距離不安を吹き飛ばし続けた。

ほとんどの競馬ファンはそのことを知っており、それがブルボンの人気につながっていたとも思う。

 

生きる世界は全く違うが、私自身も鍛えて最強の生徒たちを作り上げていきたい。

鍛えたら強くなるという信念を持ってやっているつもりだ。

もちろん私よりも厳しい人がいることは重々承知しているが・・・。

ミホノブルボンがブラッドスポーツと呼ばれる競馬の世界で血統の壁を跳ね返し続けたのは、間違いなくハードトレ−ニングがあったからだ。

私の塾もそうでありたいと痛切に思う。

そして生徒たちだけでなく、自分自身にもハードトレーニングを課していく。

それが必死についてきてくれる生徒たちへのせめてもの礼儀である。

| 雑記 | 23:24 | comments(0) | - |
さて、春期講習

金曜日で年度の授業もすべて終わり、土曜日から春期講習を迎える。

いや講習と呼べるほどのものでもないかもしれないが・・・。

何をやるにせよ目的を持って事に臨まなければならない。

春期にせよ夏期にせよ、もちろん普段の通常授業においても、だ。

 

どこの塾も新年度の生徒獲得に躍起になり、周囲が慌ただしさを増す。

講習料無料や入塾金無料と謳った広告が飛び交い、学校の校門前も連日大盛況のようだ。

多数の塾は新年度の「新規生徒獲得」という確固たる目的があって大きな動きを見せる。

この塾のように小さな定員制の塾とは自ずと方向性は変わってくる。

 

新中1を最も重要視するのは当然だが、私の場合「慣れること」に最も重きを置く。

ハッキリ言うとスタートダッシュなんか考えてもいない。

「授業に慣れること」が最も大事なのだ。

この塾では小学生と中学生ではやり方が異なり、個別形式から一斉形式へと変化する。

そこで重要なのが「聞く姿勢」である。

実は「授業を聞ける」生徒は少ない。

15分もすれば手遊びが始まったりするのが現実で、特に男の子に多い。

もちろん授業では生徒たちの集中の度合いによってわざと脱線させたりもするが、それだけではどうにも足りない。

聞くときは聞く、書くときは書く、解くときは解く、といったメリハリがまだまだないのだ。

それを少しずつ訓練していく場である。

 

次に「ノートの取り方」も決しておざなりにはできない。

そもそもノートとは『後から見直すため』にとるものであって、その場しのぎであってはならない。

当然見やすいものでなければならないし、単教科で1冊という形にしておかなければならない。

よく見かけるのが、数学のノートの後ろに社会など別教科のノートが書いてある。

この状況は100%『後から見直す』ことはない。

だから私はルーズリーフを勧めている。

常に教科ごとに分けて、『後で見直す』ことができるような状況はこちら側である程度指導しなければならないだろう。

もちろん授業中のノートの取り方も指導していき、知識をことよりも先に知識を得るための手段を重要視している。

 

他にも多々あるが、まずはこの2点がしっかりとできれば、スタートダッシュに失敗したとしても1ヶ月もあれば充分追いつける。

重要なのは中学生になるためのモノであって、小学7年生になってしまうようなスタートダッシュではない。

 

| 講師としての自分 | 00:50 | comments(0) | - |
入試結果

ようやくパソコンがなおって、こうしてブログが更新できる。

色々なものをパソコンでやっているので、故障するとこんなに不便なのかと改めて実感した。

なんだかんだ言っても、文明の利器に依存している部分は大きいのだなと自己を省みるにはいい機会であった。

 

 

さて、昨日福岡県の公立高校の合格発表があった。

この塾が始まって16回目のことになるが、何度やっても慣れるものではなく、毎年気が重い。

生徒たちはどんな顔で来るのだろうかと変な想像ばかりしてしまう。

 

しかし、遂に今年は国公立高校の全員合格を達成した。

16年目で初めてのことだ。

こんなに嬉しいことはない。

考えてみれば、決して成績がよいとは言えなかった学年だった。

ついに県立トップ校への連続合格も途切れてしまった。

しかし、生徒たちが自分が選んだ高校へ、自分たちの力で進路を掴み取ったことは意義があることであろう。

成績が悪いと書いたが、彼らの名誉のために付け加えておくと、久留米高校以上の高校へ半数が合格しているし、定期テスト等も学校平均より塾平均の方が100点以上高かった。

私が求めているものが多すぎるだけなのである。

 

ようやく達成できた「全員公立合格」。

5年間で公立93%の合格率は決して悪くないと思うが、1人でも不合格の子がいるとその子のことばかりを考える。

たとえ1人でもそうなってしまうのがこの商売の性である。

志望していなかった高校へ通わなければならない責任の重さや力のなさを痛感しなかった年はない。

そしてようやく「お役に立てた」と思える日がやってきた。

高校受験という人生のハードルにみんな真摯に向き合ったと思う。

だからこそ価値は大きい。

誰もハードルを下げずに志望校に合格したのだから。

 

 

さぁ、私は51週間後の受験に向かおう。

| 試験結果 | 23:16 | comments(0) | - |
入試まで1ヶ月弱、これだけは・・・

全ての中学の修学旅行も終わり、徐々に日常が戻ってきた。

 

入試の方も最後の仕上げに入り、作文の書き方も段々様になってきている。

自由英作の方は単語ミスさえなければ全員満点が取れるだろう。

自由英作にはコツがあるが、これだけは点数に直結してしまうのでさすがにブログには書けない。

もちろんうちの塾生たちには全て伝授してある。

 

作文にしろ自由英作にしろ、自己満足でやってはいけない。

自分では良い文が書けているつもりでも、採点者の目から見ると「は?」と首をかしげてしまうことが少なくない。

言いたいことを次々に書いているだけなので、段落構成はメチャクチャだし、主語や述語、修飾語、などの関係も支離滅裂になっている。

さらに作文を見ていて一番多いのは「段落のつながりがない」こと。

最初の段落では『Aが大事だ』と書いてあるのに、最後では『Bが最も大事だ』になっている。

全くつながりがない状態である。

これは完全に自己満足。

英作の場合では主語が全て「I」。

これはかなり多い。

文法的に間違ってはいないだろうが、満点を取れるレベルではない。

よく使われるのが「it for to構文」や「there + be」、あとは第5文型の「~ makes me happy」あたりか。

簡単な単語を使うのは自由の英作の鉄則だが、ある程度長めの英文を交えないと、語数指定に届かない場合もある。

そうなるとまた自己満足の英文が羅列されることになる。

語数を稼ぐのに、お奨めは「関係代名詞」なのだが、使いこなせる生徒は決して多くない。

それを踏まえた上で、うちの塾生たちは全員関係代名詞を使って満点まで持って行けるようにしている。

 

自由英作や作文はとにかく得点配分が大きい。

決しておざなりには出来ないし、ここから徹底的な添削をする能力が講師にも求められる。

この2つだけは、「自学しなさい」とは決して言ってはいけないのだ。

| 講師としての自分 | 00:38 | comments(0) | - |
私立入試2日前

当塾の中3もついに初めての入試に突入する。

近隣の中学では、最近は私立専願の子が増えてきたらしいが、相変わらずうちにはほとんど専願はいない。

もちろん、今年も私立専願は0名である。

この塾を初めて16回目の入試になるが、今まで専願で受けたのは杉森高校の看護科のみだ。

あくまでも公立高校合格を目指す子たちがほとんどで、私自身もそのような目標が持てるように授業をしてきた。

 

今年は半数が3年生になってから入塾してきたため、基礎が少し弱い。

成績も今までの中ではかなり低い部類に入る。

それでもようやく基礎固めがほぼ終わり、どうにか入試に間に合ったというのが率直な感想だ。

 

さて、私立入試だが単に滑り止めと考えるのであれば、それは何か違うと思う。

もちろん滑り止めの側面が大きいことは当然だが、公立高校に必ず合格するという保証はどこにもない。

つまり、私立高校は3年後に「母校」になっているかもしれないのだ。

決して疎かに考えてはならない。

 

また「判定校」として使うことも忘れてはならない。

福岡県では公立高校が圧倒的に強く、私立高校もそれは承知している。

だからこそ私立高校側は科によって合格点を『公立高校より少し下』に設定する。

例えば、偏差値64くらいの公立高校があるならば、私立は62くらいに設定して判定校とするのが一般的である。

自分の目標とする高校がある場合、まず私立高校を突破してからということになるのだ。

もちろん逆転する子もいるが、残りは1ヶ月強なので、逆転出来ない場合が圧倒的に多い。

そのようなことも踏まえなければならない。

 

そして最後に「奨学金」の問題もある。

私たちの世代の人たちには馴染みが薄いかもしれないが、今はほとんどの高校で奨学金制度を設けている。

これは返す必要がない奨学金で、上手くいけば無料になる可能性もある。

大抵は部活特待か成績優秀者に限られるが、取りやすい高校と取りにくい高校があるのも事実である。

そのようなことを徹底的に調べるのも塾講師としての役割の一つである。

 

私立入試には様々な目的がある。

少なくとも私の塾では単なる滑り止めとは決して言わない。

| 雑記 | 01:24 | comments(0) | - |
<< | 2/70PAGES | >>